KDDIの新料金プラン「povo」に対する武田良太総務大臣の発言を徹底検証してみた |
武田良太総務大臣(以下、武田総務大臣)は1月15日に行われた記者会見において、au(KDDIおよび沖縄セルラー電話)が1月12日に発表した新料金プラン「povo(ポヴォ)」について記者から意見を求められた際、「非常に紛らわしい発表だった」と発言しました。
発言の趣旨は「最安値と言いながら、他社と結局同じ値段であったということについては、もっと分かりやすいやり方をしっかりと考えていただきたい」というものでしたが、実際にauが発表した内容には最安値という言葉は一度も使用されておらず、また公式のプレスリリースにも一切書かれていません。
発言全体を通しても実際の発表会やプレスリリースを精査せずに想像に頼ったと思われる部分が多く、また総務大臣としての会見の場での発言としてあまりにも杜撰である点に、強い憤りを感じざるを得ません。
KDDIは何を発表し、武田総務大臣は何をもって「紛らわしい」と判断したのか。そもそも通信料金値下げとは何が目的で誰のためのものだったのか。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回は武田総務大臣の発言が適切であったのか検証します。
■「トッピング」の概念が新鮮な新料金プラン「povo」
はじめに、KDDIの新料金プラン「povo」の料金や概要についてご紹介します。
新料金プラン「povo」(ポヴォ)
・オンライン契約専用プラン
・2020年3月開始予定
・データ通信容量20GB(超過時は最大1Mbpsで使い放題)
・月額2,480円
・さまざまな「トッピング」オプションを用意
→「データ使い放題 24時間」:1回200円
→「データ追加 1GB」:1GBごとに500円
→「5分以内通話かけ放題」:1ヶ月500円
→「通話かけ放題」:1ヶ月1,500円
・トッピングは専用アプリのON/OFFボタンで自由に追加・削除可能
・5G通信は2021年夏に対応予定
・キャリアメールは非対応
移動体通信事業者(MNO)のメインブランドとしてのデータ通信容量20GBの料金プランでは、2020年12月にNTTドコモの「ahamo」や、ソフトバンクの「SoftBank on LINE」が発表されていますが、今回のpovoはそれらの料金プランに対抗するものとして発表されました。
細かな割引施策などがない代わりに、「トッピング」と呼ばれる追加オプションを複数用意することで、基本となる月額料金はシンプルで分かりやすい料金体系としつつ、さまざまな顧客ニーズに柔軟に対応できる料金プランとなっています。
詳細は以下のプレスリリースおよび公式サイトを御覧ください。
20GBが月額2,480円、auのオンライン専用の新料金「povo (ポヴォ)」を提供(KDDI株式会社)
これまでKDDIは、高額な基本料金をさまざまな割引施策によって安価に提供するというビジネスモデルを展開してきたことから、ユーザーから「分かりづらい」、「表示通りの金額にならない」と、不満の声が絶えませんでした。
しかし、今回発表したpovoの料金では迷いようがありません。月額2,480円。それ以上にもそれ以下にもならず、あとは欲しい機能を追加(トッピング)した分だけ課金されるのみです。
あまりにもシンプルなので細かく解説する内容もなく、紹介としてもこれだけで終わりです。
■武田総務大臣は何が「非常に残念」だったのか
しかし武田総務大臣は、「非常に紛らわしい」、「非常に残念」と、これに噛み付いたのです。
誤解や語弊を生んでも失礼に当たってしまいますので、記者会見での発言を全文書き起こしてみました。
【2021.01.15】武田総務大臣 記者会見
動画リンク:https://youtu.be/epxWXJgREBM
3分36秒~
(メディア不明)
「(聞き取れず)……ケイ新聞です、よろしくお願いします。携帯電話料金について伺います」
「先日KDDIが20ギガで2,480円の新プランを発表されました。で、えー、KDDI側は最安値を謳っていますけれども、その料金は実質ドコモ、ソフトバンクが発表した新プランと横並びになっています。で、この最安値という表示方法についての大臣のお考えと、携帯電話料金が横並びになっていることについて、この辺をお聞かせください」
(武田総務大臣)
「まああのー、非常に紛らわしい、私は発表だったなぁと思いますね。ご指摘のように」
「えー先般、(聞き取れず)と消費者庁を交えた中で、やはりあのー、受信……えーあーすいませんごめんなさい。えー、利用者が分かりやすい、選択しやすい、やはり、やり方というものを求めてきたわけですけども、最安値と言いながら、他社と結局同じ値段であったということについては、もっと分かりやすいやり方をしっかりと考えていただきたいというのが、私の気持ちであります」
「えーその中に通話料が含まれていない、それによって2480円という言い方だったのか、ただ単に同じ条件で2480円だったのか、そこのところをハッキリしないままに、あたかも国民に対して『他社よりも一番安い、500円安い2480円だ』と、すべて同じ条件だというようなことを思わせるようなやり方というようなことに関しては、私は非常に残念だなぁというふうに考えております」
「今後、以前から申し上げているように、やはりあのー、選択しやすい、分かりやすい、使用者が分かりやすい説明のやり方をしっかりとやっていただきたい。えー……利用者の方々が、そこに『契約してみた時と使ってみた時の条件が違うんじゃないか』というようなトラブルが起こらないように、あらかじめしっかりとした、丁寧な説明そして分かりやすいシステムというものを示していただいて、無用なトラブルが起こらないような状況を作り上げていくことを期待していきたいなと、このように考えております」
~5分50秒
時間にして2分少々の質疑応答でしたが、筆者が問題だと感じる点は複数あります。まず、質問をしている記者と武田総務大臣の「最安値を謳っている」、「最安値と言いながら」という発言が非常に不適切です。
冒頭で書いたように、KDDIは発表会およびプレスリリースの中で一度も「最安値」という言葉を使用していません。
最安値という言葉が聞かれたのは、発表会後に行われた、記者のみが参加できる質疑応答の場でしたが、記者から「3つのブランドで発表があったが、その狙いは?」と質問された際に「3キャリアの中では最安値になる」と回答した、たった一度のみです。
その回答中でも、トッピングや20代以下のユーザーの6割が月間10分未満の通話しかしていないことを丁寧に説明し、通話無料などのサービスを有料オプション扱いとしたことへの理解を求める発言をしています。
その、記者の質問への回答の「最安値」という言葉だけを切り取って、その説明すら省いて「最安値を謳っている」、「最安値と言いながら」と語るのは、あまりにも不適切ではないでしょうか。
消費者に対しては丁寧で分かりやすい説明とプラン提示を徹底しており、その発表内容からは分かりづらさを微塵も感じません。
少なくとも、これまでの同社の料金プランのように、最大割引時の金額を大きく掲げるといったような作為的な不親切さや紛らわしさは一切ありません。
以下、発表会の内容と通話料金に関する発言部分を、できる限り発言のままに抜粋します。
au新料金発表会
動画リンク:https://live.line.me/channels/309/broadcast/15710468
19分13秒~
(髙橋誠社長)
「料金プランなんですけれども、今回はですね、徹底的にシンプルにしました。4G、5G共通でですね、インターネット20GBの、月額2,480円。これでお届けしたいというふうに思っております」
「音声通話につきましてはですね、30秒について、20円の従量料金になります」
「近頃のお客様にはですね、データ通信、これはメッセージの利用が中心でございまして、通話もインターネット通話アプリで十分と、このように仰るお客様は非常に多いんですね」
「実際にですね、スマートフォンをご利用の、20代以下の当社のお客様のうちですね、実は通話時間がですね、“月間”10分未満の方、これが実は6割以上になるんですね。このような状況の中なので、こうしたお客様にはですね、非常に、この新しいプランがシンプルで、お安い料金で、ご提供いただける、あ、いえ、ご利用いただけるんじゃないかというふうに思っておりますので、どうかお楽しみいただきたいなぁと思っています」
~20分22秒
途中言い間違いなどはあるものの、全体として非常に丁寧で分かりやすい説明です。実際、このわずか数分間のプレゼンやプレスリリースを閲覧した上で、「分かりづらい」、「紛らわしい」と思う人はどれだけいるでしょうか。
■市場競争の結果を「横並び」と安易に呼ぶな
さらに問題なのは、記者会見での質問者がpovoの料金について「横並びである」と発言した件について、武田総務大臣は否定しなかったどころか「非常に紛らわしい」、「非常に残念だ」と答えた点です。
povoが発表されるまでの業界での流れを時系列で追ってみましょう。
・2018年8月
菅官房長官(当時)「(携帯電話料金は)4割程度下げられる余地がある」発言
・2018年10月
NTTドコモが料金値下げを示唆
・2019年6月
NTTドコモがギガホ/ギガライト発表
・2019年10月
電気通信事業法改正
・2020年9月
菅内閣発足。通信料金のさらなる値下げを公約として掲げる
・2020年9月29日
NTTがNTTドコモの収益悪化および競争力強化を理由に完全子会社化を発表
・2020年10月27日
総務省が通信料金値下げを主旨としたアクション・プランを発表
・2020年10月28日
KDDIおよびソフトバンクが20GB/月額4,000円前後のプランを発表
・2020年11月17日
NTTによるNTTドコモの完全子会社化(TOB)が成立
・2020年11月20日
武田総務大臣がKDDIとソフトバンクの新料金プランについて「メインブランドでの発表がない」と批判
・2020年12月3日
NTTドコモが20GB/月額2,980円の「ahamo」発表
・2020年12月22日
ソフトバンクがahamo対抗プランとして「SoftBank on LINE」発表
・2021年1月12日
KDDIがahamoおよびSoftBank on LINE対抗プランとして「povo」発表
大きくはこのような流れとなります。
質疑応答で記者は「横並び」と言いましたが、そもそも政府が通信料金の指針として海外の料金水準を例に挙げており、それに応えるかたちで各社が料金プランを提示した上で総務省の苦言や各社による競争が促されました。
その結果、現在では当初総務省が指針としていた「20GBで月額4000円前後」という料金よりも遥かに安い、「20GB/月額3,000円以下」という水準での競争が行われているのです。
これを敢えて「横並び」と一言で揶揄する理由は一体何でしょうか。
何より、十分に値下げが行われ、これ以上ないほどに分かりやすくシンプルになった料金プランを正しく評価しない、その姿勢は問題ではないのでしょうか。
引用元:https://www.soumu.go.jp/main_content/000701859.pdf
総務省がahamoやSoftBank on LINE、そしてpovoを「横並び」であるからダメだというのなら、市場競争とは一体何でしょうか。企業には利益を度外視してでも、政府自身が示していた海外水準以下になっても、ひたすらに低料金を目指せということでしょうか。
どのような市場でも価格競争は必要です。しかし十分に値下げを行ったにもかかわらず正しく評価しない過度な競争圧力は何のメリットももたらしません。
通信とは社会インフラです。21世紀の社会は通信なくして成立しません。その通信インフラを支えているのは私たちの通信料金です。野菜の価格をただ安くし続ければ農家が破産し結果として野菜不足に陥るように、通信料金も企業がインフラを維持できないほどに安くすれば、通信品質が落ちたり通信できなくなる事態に陥るかもしれません。
例えば仮想移動体通信事業者(MVNO)では、これまで「3GB/月額1,600円前後」という水準が一般的でした。ではこの料金でMVNOは利益が出ていたのでしょうか。
答えはNOです。ほとんどのMVNOは赤字です。
2014年にサービスを開始し、MVNOの中でも大手と言われ現在では120万超の契約数を誇る「mineo」でさえも、2020年3月期にようやく初の黒字化を達成したほどです。
サポートコストや通信品質を限界まで切り詰めることで低価格を実現しているMVNOでさえ、100万人単位でユーザーを集めてようやく黒字化を果たしているのに、基地局設備や新たな通信技術への投資からインフラの保守と災害対策、各種サポート業務、全国数千店舗におよぶ店舗展開、そこにかかる人材コストなど、ありとあらゆるインフラ維持コストを掛けているMNOが、20GB/月額2,980円や月額2,480円の料金プランで十分な利益を確保できるのでしょうか。
それとも、MNOは赤字を出してでも、インフラと現在の通信品質を維持できなくなってでも、さらに値下げしなければいけないのでしょうか。
また、総務省や大手マスメディアがMVNOの「3GB/月額1,600円前後」という料金水準について、「横並びだ」と批判していた記憶が筆者には一切ありません。
MVNOの料金プランは横並びと批判されず、MNOの料金プランだけが横並びと批判される理由とは一体何でしょうか。そもそも、今回その横並び価格の指針を示し、要請や指導を行ってきたのは政府です。
ある企業がライバル企業の商品価格に対し、自社利益を追求しつつ、しかし顧客も獲得できる自社の商品価格を検討する際、他社と同等になっていくのは市場原理です。安すぎればユーザーは獲得できますが利益が出ません。高すぎればユーザーを獲得できず、やはり利益が出ません。
その市場原理によって今回の各社の20GBプランの価格は決定されたのです。決して「この金額でいきましょう」と談合したわけではありません。これが本当に談合であれば各社一斉に発表しています(1社が抜け駆けして発表することは談合の仕組み上許されない)。
KDDIとソフトバンクに勝つためにNTTドコモが圧倒的な料金メリットを持つahamoを発表し、それに負けじとソフトバンクが同じ価格でもLINEカウントフリーという付加価値を持つSoftBank on LINEを発表し、さらにKDDIが2社に勝つためにさらなる料金メリットとユーザーニーズへの柔軟な対応力を武器にpovoを発表する。
これを健全な市場競争と言わずに何と言うのでしょうか。
■駒は揃った。あとは私たちが選ぶだけ
筆者はpovoの発表会をオンライン視聴し、質疑応答に参加し、プレスリリースを閲読した上で、これが複雑で難しいプランには全く思えませんでした。少なくとも武田総務大臣が要求する「しっかりとした、丁寧な説明、そして分かりやすいシステム」というものは、十分に提示されていると感じます。
もし、MNO 3社による20GBプランを分かりづらいと感じたり、説明不足だと感じるのであれば、もはやそれは政府や消費者側に理解する気がないとしか言いようがありません。
政府にも消費者にも、はじめから「通信料金は複雑で難しいもの」、「どうせ裏がある」と穿った見方をするのではなく、素直に料金プランと対峙していただきたいのです。
MNOの通信品質と通信環境で20GB/2,980円以下という料金はまだ高いと感じるのか、また感じるとしたらいくらなら妥当だと考えるのか、MVNOや各社のサブブランドの料金や通信品質と比較していただきたいのです。
手頃な料金プランという「駒」は十分に揃い、私たちに手渡されました。あとはその駒を正しく使えるかどうかです。駒の選び方と動かし方は難しくありません。自分のライフスタイルに合った駒を選択し、ぜひとも快適なモバイルライフを実現してください。
記事執筆:秋吉 健
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