クラウドゲーミングの未来について考えてみた!

Googleは2月1日、クラウドゲーミングプラットフォーム「STADIA」専用のゲーム開発スタジオ「Stadia Games & Entertainment」(SG&E)の解散(閉鎖)を発表しました。日本ではまだサービスすら開始されていないSTADIAですが、このニュースは「始まる前に終わってしまった」と、日本のゲーマーから大きく落胆される結果となりました。

ゲーマーコミュニティを中心としたネット界隈では「クラウドゲーミングはやっぱり上手く行かないんだ」、「Googleでもダメならどこがやってもダメだろう」などといった悲観論が大勢を占めていたように思われますが、果たして本当にクラウドゲーミングの未来は暗いのでしょうか。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はSTADIAの課題や可能性から、クラウドゲーミングの未来について考察します。

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STADIAが直面した「ゲームの本質」とは


■SG&Eが必要とされなくなった背景
はじめに、SG&Eの閉鎖についてもう少し細かく解説しておきます。

前述の通りSG&EとはSTADIA専用ゲームを開発するために開設されたゲームスタジオです。STADIAでは、一般に「ゲーミングPC」と呼ばれるような強力な演算性能を持つPCをユーザーが持っていなくても高品質なゲームをプレイできるというのが売りで、PCで動作するゲームであれば基本的になんでも遊べる仕様でした。

しかしプラットフォームビジネスとして成功させるには、やはり専用タイトルやキラーコンテンツと呼ばれる、ユーザーに「このゲームを遊びたいからSTADIAを利用したい」と思わせるゲームが必要です。

SG&Eはそのためのスタジオであり、当初の予定ではSTADIAを牽引する重要なポジションとなるべき部門でした。ところが、その計画と戦略は1年余りで頓挫することとなります。

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いつでもどこでも最高品質のゲームをシームレスに遊び続けられる。それがSTADIAの最大の売りだった


スタジオ閉鎖の詳細な理由は分かりませんが、大きな理由の1つがコスト(費用対効果)であったことは間違いありません。

スタジオ閉鎖に際し、Googleは「高品質なゲームをゼロから制作するには長い時間と多大な投資が必要であり、さらに開発コストは指数関数的に上昇している。実証済みの技術を構築し、ビジネスパートナーとの協力を深めていくことのほうがより重要だ」といったコメントをしており、自社開発にこだわらず、高いゲーム開発力を持つサードパーティとの連携によってゲームを提供していく戦略へと転換したのです。

つまり、ゲーマーコミュニティで悲観されていたようなクラウドゲーミング市場からの撤退や縮小は現在のところ予定されておらず、ビッグタイトル製作へのアプローチの方法が変わっただけとも読み取れます。

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ゲームプラットフォームにとって、魅力あるゲームをラインナップすることは最重要課題だ


また、この方針転換は独占タイトルに頼った戦略からマルチプラットフォームも許容する戦略への軟化とも取れます。

現在のゲーム市場および業界はマルチプラットフォーム化やクロスプラットフォーム化が一層進んでおり、独占タイトルや専用ゲームといったものはユーザーから忌避される傾向も強まっています。

新規プラットフォームが独占のキラータイトルの製作によってユーザーの心を掴むことが難しいのは今に始まったことではありません。

かつてソニーの「プレイステーション」は、ナムコ(現:バンダイナムコ)の「リッジレーサー」を筆頭にさまざまな独占タイトルを数多くラインナップしたにも関わらず、発売から半年ほどはライバルだったセガの「セガサターン」に販売台数でも人気でも負け続けていました。

そんなプレイステーションが大逆転したのは、スクウェア(現:スクウェア・エニックス)のRPG「ファイナルファンタジーVII」の独占発売が決定したことからです。

当時絶対的なブランドを誇っていたファイナルファンタジーシリーズという超ビッグタイトルを独占販売できたからこそ、現在の隆盛が存在すると言っても過言ではありません。逆に言えば、それほどのビッグタイトルでなければ専売によるメリットはなかなか生み出せないのです。

それほどリスキーな独占タイトルの開発を自社で行うよりも、他社のブランドIPに頼ったり、すでに他プラットフォームで定評のあるタイトルを数多く並べることで、ゲームプラットフォームの1つとして気軽に手に取ってもらえる戦略を選択したことは、妥当かつ必然だったと考えるところです。

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ソニー製「プレイステーション」。今でこそプレイステーションブランドを創り上げた伝説のゲーム機となっているが、その出だしは決して順調ではなかった


■クラウドゲーミングには「需要がない」?
SG&Eの閉鎖およびSTADIAの方針転換は理解できたとして、ではクラウドゲーミング市場としての魅力は失速しないのでしょうか。実は、ここが現在の最大の懸案だと筆者は感じています。

その理由は、STADIAというプラットフォームが持つ「理想と現実の乖離」です。

STADIAが発表された2019年に、筆者は本連載コラムにてSTADIAのプラットフォームが持つ問題点について考察したことがありますが、その中で通信回線環境についての具体的な説明を行いました。

STADIAが提供される国々や欧米の光回線普及率は高くても十数%、EU各国に至っては一桁%に留まっており、さらにその通信速度は平均で10~20Mbps程度であるというものです。

【過去記事】秋吉 健のArcaic Singularity:Google STADIAが夢見るゲーム世界とは。クラウドゲーミングサービスの魅力と課題、そして未来について考える【コラム】

このような通信速度しか確保できない地域においては、クラウドゲーミングによって高品位な映像体験を受けることなど到底不可能であり、結局クラウドゲーミングは「ゲーム機を買えない低所得者層向けのプラットフォーム」とならざるを得ない状態です。

Googleが、なぜ光回線や超高速モバイル回線が高度に普及した日本や韓国などでサービスを行わないのか不思議でなりませんが、それはさておき、STADIAが目指した「高品位なゲーム体験をいつでもどこでもシームレスに」という目標は、そもそも通信環境の問題から現在のサービス提供地域では不可能であり、根本的な部分でサービスとしての戦略と目標が破綻してしまっています。

クラウドゲーミングによって本当に高品位なゲーム体験をしたい人々とは、つまり自宅でも外出先でも自由にゲームを遊べる層だと思われますが、それは十分な所得を有する層であると考えられます。そういった層であれば、すでに複数のゲーム機やスマートフォン(スマホ)を所有していると考えて問題はないでしょう。

また、クラウドゲーミングを利用するには月額料金を払う必要があり、ここもやはり安定した収入のある人でなければ躊躇してしまう部分です。毎月10ドルも払って、敢えて低画質でブロックノイズの多いゲーミングプラットフォームを契約したいと思うでしょうか。

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クラウドゲーミングはその仕組み上、通信回線が遅ければ遅いほど画質が落ちていく


一方で、低所得者層などはスマホ向けの基本無料アプリで暇つぶし程度のゲーム体験であれば十分満足できているという現状もあります。基本無料と言っても、欧米では日本のスマホゲームのようにゲーム内課金が重たいゲームは少なく、ライトな課金や広告を収入源とした、かなり本格的に遊べるインディゲームも豊富に揃っています。

安定した所得がある層や富裕層にとっては回線環境をはじめとしたプレイ環境に不満が多く、低所得者層にとっては課金するメリットが薄いクラウドゲーミングは、そもそも「ニーズ(需要)がどこにもない」のです。少なくとも、現在の通信環境ではGoogleが思い描いているようなニーズを掘り出せずにいます。

Googleがアピールポイントとしている「いつでもどこでもシームレスに同じゲームを遊び続けられる」というニーズですら、そもそもそんなに、どこに行ってもゲームばかりしている人がいるだろうか、という疑問に突き当たります。

むしろ、「仕事が終わればゲームができる」、「早く家に帰ってゆっくりゲームの続きをしよう」という目標があってこそ、仕事や学業に身が入るという人も少なくないでしょう。

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スマホでPCゲームの続きができるのは便利かもしれないが、それが快適だったり人々が望んでいるかどうかはまた別の話だ


■出口の見えないクラウドゲーミングビジネス
では、STADIAのようなクラウドゲーミングサービスには未来はないのでしょうか。残念ながら、筆者はクラウドゲームが一定の支持を得られる未来を想像することができません。

上記のように通信回線やゲームニーズの問題に加え、スマホの高性能化とコモディティ化(低コスト化)の流れのほうが圧倒的に速いというのも理由の1つです。

STADIAが発表された2019年と比べても、現在のスマートフォンの処理性能は劇的に進化しており、もはや一昔前の家庭用ゲーム機並みの映像クオリティでゲームが遊べる時代です。

しかも、それは高級なゲーミングスマホでしか遊べないものではありません。普及価格帯のミッドレンジスマホで十分に遊べるゲームが多く、人々が娯楽や暇つぶしとしてのゲーム体験として十分に満足できる領域に達してしまっています。

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圧倒的な映像美を堪能できるスクウェア・エニックスのスマホゲーム「NieR Re[in]carnation」。このクオリティがスマホ単体且つ基本無料で楽しめるならクラウドゲーミングサービスに頼るメリットが薄れてくる(Copyright (C) SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.)


ゲーム性でも、インディから有名ブランドIPまで、十分に熱中できるゲームが大量に存在するのが現在のゲーム市場であり、それはPCゲームでも家庭用ゲームでもスマホゲームでも同様の状況です。

そこに、敢えてさらに月額課金を行ってまでクラウドゲーミングという選択肢をユーザーは選ぶだろうか、という問題です。

回線環境やスマホの性能が向上してこそクラウドゲーミングはその意味と意義を十分に発揮できますが、スマホの性能が向上するほどクラウドゲーミングは存在意義を無くすというジレンマがそこに横たわっているのです。

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特定の場所からゲームを持ち歩かないならクラウドゲーミングの価値は大きく削がれる


もちろん、クラウドゲーミングのメリットやセールスポイントは持ち歩けることだけではありません。

例えばMMORPGのような大規模オンラインゲームであれば、ゲームクライアントを含めた全てをサーバー処理するため、オフライン処理されたデータをサーバーに集めて再び処理を送り返すという現在のオンラインゲームよりも応答速度の面で有利になるかもしれませんし、家庭用ゲーム機やゲームソフトの価格が今後上昇を続ければコストメリットも出てくるかもしれません。

しかし、これらの要素の需要もまた現状では絶望的です。

MMORPGを代表としたオンラインゲームはすでにマイナージャンルとなっており、ニーズがかなり限定的です。ゲームコストの問題も、スマホの性能向上とインディゲームの質の向上、さらにユーザーからの課金に頼らないカジュアルゲームやハイパーカジュアルゲームのような収益モデルの多様化などによって、エンドユーザーは無料や低料金のままゲームを遊べる環境が増えつつあります。

クラウドゲーミングが目指し、解決しようとしていた問題は、市場の変化によって需要がなくなってしまったか、別の技術革新やビジネスモデルの進化によって人々を満足させる閾値に達しつつあるのです。

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ゲームを遊ぶ人々の多くがリッチで高度なゲーム体験を望んでいるわけではない。ほとんどの人々はゲームで「暇が潰せれば良い」のだ


■素晴らしい技術が最高の体験を創るとは限らない
そもそも、クラウドゲーミングという発想は「クラウドコンピューティングは何に活用できるだろうか」というところから始まっています。

クラウドサーバー上で高度な処理を行うから手元のデバイスは映像さえ観ることが出来れば何でも良い、というのがその原理であり、それならゲームの映像を手元のデバイスに送り、ゲーム操作の入力情報だけ送り返してもらえれば再びサーバー上でゲームを動かして映像を送れるじゃないか、と発想したのです。

その発想は実にユニークで創造的ですし、個人的には数え切れないほどの夢が詰まったアイデアであると興奮したほどですが、いざビジネスとしてそれを見た場合、あまりにも成立しない状況と環境と現実に打ちのめされます。

それほどに、ゲームとクラウドコンピューティングというのは「ビジネス的に相性が悪い」のです。

細かな手法は違えど、クラウドゲーミングサービスにはGoogle以外にもさまざまな企業が挑戦していますが、今のところ確実な成功を感じさせるものは1つもありません。それは技術や発想が悪いわけではなく、「敢えてクラウドゲーミングを選ぶメリットが薄い」という、ただ一点のみで選択されないのです。

ゲームを心から愛する者としては非常に寂しい結論ですが、デバイス技術が進歩するほどに、通信環境が向上するほどに、そしてゲームのビジネスモデルが多様化するほどに、クラウドゲーミングというビジネスジャンルは居場所を失っていくように思えます。

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ゲームとは何か。そんな本質的な問いを突き付けられたのがクラウドゲーミングであるように感じる


記事執筆:秋吉 健


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