iPhone 13シリーズに搭載されたSoC「A15 Bionic」について考えてみた!

既報通り、Appleは日本時間(JST)の9月15日にオンライン発表会を開催し、新型スマートフォン(スマホ)「iPhone 13」および「iPhone 13 mini」、「iPhone 13 Pro」、「iPhone 13 Pro Max」の4機種などを発表しました。

メディア界隈での下馬評(と言っては失礼だが)では「例年以上に代わり映えしない」や「今年もカメラだけ進化」などと辛辣な評価が多く見受けられましたが、恐らく一般の評価も大差はないでしょう。

とはいえ、今回は性能面で少し「おや?」と気にかかる部分もありました。それはSoC(System on a Chip≒チップセット)です。Appleは新型iPhoneの発売に合わせて毎年SoCを強化し続けており、今年のiPhone 13シリーズには「Apple A15 Bionic」が採用されています。

昨年発売されたiPhone 12シリーズでも「Apple A14 Bionic」が採用されていただけに順当な進化と言えますが、実は昨年までとは少し様相が異なっているのです。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はiPhone 13シリーズに搭載されたA15 Bionicの秘密に迫り、Appleのブランディング戦略について考察します。

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AppleのSoC戦線に異常あり?


■「A15 Bionic」は2つ存在する
発表会をリアルタイムで観ていた人でも気が付いた人は少なかったかと思いますが、結論から言えばA15 Bionicは2種類存在することが判明しています。

1つはiPhone 13およびiPhone 13 mini(標準モデル)向け、もう1つがiPhone 13 ProおよびiPhone 13 Pro Max(プロモデル)向けのものです。

違いはGPUコアにあります。iPhone 13および13 mini用のSoCは4コア動作であるのに対し、iPhone 13 Proおよび13 Pro Maxでは5コア動作です。

プレゼンテーションの映像でも、iPhone 13では「4-core GPU」および「30% Faster graphics」と紹介され、iPhone 13 Proでは「5-core GPU」および「50% Faster Graphics」と紹介されています。

つまり、プロモデル向けのApple A15 BionicのほうがGPUコア数が多く、より高性能であるということです。

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AppleにとってSoCの性能アピールは革新的な技術投入が少ない中での最後の牙城とも言える


これまでもCPUの最大クロック数が異なっていたりといったことはありましたが、最新のiPhoneで、しかも同じ名称で同時に構成の違う複数のSoCを用意してきたことは初めてではないでしょうか。

特にiPhone 12シリーズの発表時には最も小型な「iPhone 12 mini」であってもSoCが同じである点を強調して「小さくても性能で妥協はしない」ということを前面に打ち出していました。

しかしながら、今回は標準モデルとプロモデルで明確に性能を分け、プロシリーズにより高い付加価値を与える方向でブランディングの舵を切ってきた形です。

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iPhone 12シリーズのApple A14 BionicのGPUはプロモデルまですべてが4コア動作だった


■プロモデルの付加価値を高めるためのSoC分化戦略
今回、Appleがこのような戦略に転換したのには、複数の理由が考えられます。

1つは前述のように標準モデルとプロモデルの差別化です。iPhoneは「iPhone 6」シリーズの世代から画面サイズの違いによる複数機種をラインナップし始め、その後継代とともに標準モデルとハイエンドモデルという形で区分するようになりました。

そういったユーザーターゲットの階層化を進める中で、最大のネックだったのが「性能の差別化」だったのは間違いありません。これまでは上位モデルとの違いはディスプレイサイズやディスプレイ技術(液晶かOLEDか)、UI(ホームボタンの有無)、カメラ性能などでしたが、肝心の基本性能で差別化されていなかったことから上位機種の魅力が思うようにアピールしきれていませんでした。

そこで焦点を当てられたのがSoC性能だったのです。

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プロモデルはカメラ性能が凄い!と毎年言い続けすぎて、ユーザーとしては食傷気味ですらある


2つ目に昨年に発売したiPhone 12 miniの思わぬ販売不振があります。

1つ目の差別化と関連する理由となりますが、当初「小さくでも性能は同じ」と強調することで、小型スマホに高い性能を詰め込む技術レベルの高さや小型スマホを望むユーザーのニーズを掴む戦略で意気揚々と登場したのがiPhone 12 miniでした。

しかしながら、iPhone 12 miniの販売は前評判とは打って変わって世界的に伸び悩み、生産調整まで行われていたことは紛れもない事実です。

小型端末を好むユーザーが比較的多いとされる日本でさえも売れ行きが悪いと言われたほどで、小型端末を望むユーザーが「欲しい欲しいと口ばかりで買わない、ノイジーマイノリティの典型だ」と批判される状況すらネット上では何度も見てきました。

そのような経緯もあり、iPhone 13シリーズではminiモデルは発売されないのではないかとすら危惧されたほどです。

iPhone 12シリーズでSoCが同じであることのメリットをアピールする戦略が完全に失敗してしまったため、iPhone 13シリーズでは逆に上位機種の性能の高さをアピールする戦略に180度転換してきたのだと推察するところです。

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プロモデルではアダプティブリフレッシュレートを採用したディスプレイも搭載し、標準モデルとの性能差を大きくしてきた


一部の報道では「不良箇所のあるシリコンダイを標準モデル向けといて選別採用したのではないか」といった考察もあり、筆者も当初はそのように考えていました。

しかしながら、発表会の内容を精査したところ、その考察が間違っていたかも知れないことに気が付きました。

CPUやGPU、そしてSoCなどを製造するために生産されるシリコンウエハーは基本的にその製造過程において不良箇所が必ず発生します。それは製造時の傷や不純物の混入であったり、配線パターンを焼き付ける際の不良だったりします。

そのため、CPUなどでは「すべてのコアが動作する製品を最上位品とし、数カ所動作しなくても製品として利用可能なものは下位製品として選別する」というのが一般的となっており、例えば、IntelのCoreシリーズやAMDのRyzenシリーズなどはそのような選別を行い、できるだけ廃棄部材を減らすことでコスト削減を行っています。

Apple A15 Bionicでも同様の選別が行われているのではないか……と筆者も考えたのですが、発表会で示されたシリコンダイの設計図をよく見ると、標準モデルで利用されるApple A15 Bionicとプロモデルで利用されるApple A15 Bionicではそもそも使っている図面が違ったのです。

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赤枠で囲った部分がGPU。標準モデル向けではそもそも設計段階でGPUコア数が1つ少ない


この図が正しいのであれば、SoCの製造過程でGPUコアが1箇所動作不良となった製品を標準モデル向けとして選別しているのではなく、設計段階からGPUコア数が少ないモデルとして別途生産していたということになります。

こういった別設計にすることにもそれなりにメリットはあります。不良箇所を回避して動作させる方法よりも不具合を減らせる上に性能面でも安定します。

さらに発熱部分の熱拡散アルゴリズムやホットスポットを常に一定にできるため、その点でも不良箇所を起因とした想定外の熱暴走や動作不良を防ぐことができます。

コストダウンという点では恩恵は多くありません。むしろ不良箇所が出た場合により多くのチップを廃棄しなければならずデメリットが多大です。生産ラインを複数所持するというのも在庫などのリスクになります。

それでもAppleがこのような戦略を取った背景には、SoCの製造と採用においてもハイエンドのプロモデルを際立たせつつ、標準モデルでも「不良部品の再利用」だとか「低コスト品」というネガティブな印象を与えないように性能や品質の安定性を優先していることを示す、高度なブランディング戦略があったのかも知れません。

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SoCの分化はハイエンドをハイエンドとして際立たせるために必須の戦略だった


■SoCを差別化したことで手に入れた正常なブランディング
iPhone 13シリーズのApple直営(Apple Store店頭やApple公式Webサイトなど)での販売価格(金額はすべて税込)はそれぞれストレージ容量128GBで比較すると、

・iPhone 13 mini……86,800円
・iPhone 13……98,800円
・iPhone 13 Pro……122,800円
・iPhone 13 Pro Max……134,800円

となっており、標準モデルとプロモデルで明確な価格差が設けられています。消費者心理を考えても、税込10万円を超えるかどうかは大きな指標です。iPhone 13にするかiPhone 13 Proにするかで悩む最大のポイントこそが、この10万円の壁という人も多いでしょう。

iPhone 12シリーズでスモールプレミアム路線に失敗したことで、ある意味正常なグレードバランスになりました。

かつて日本メーカーのスマホでも、XperiaやAQUOSシリーズなどは一時期小型端末のラインナップに力を入れていましたが、結局「小さくてお手頃価格」だからこそ売れていたのであり、スモールプレミアムを謳った機種はあまり話題にならなかったことを思い出します。

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シャープのハイエンドスマホ「AQUOS R」シリーズも2019年2月発売の「AQUOS R2 compact」を最後に小型のハイエンド機は姿を消している


性能の違うSoCで同じ名称が用いられていることは、A15 BionicというネーミングがIntelで言うところの「Core」、AMDで言うところの「Ryzen」、クアルコムで言うところの「Snapdragon」といったブランド名だと考えれば違和感はありません。単に細かなグレード名(型番)を伏せているだけという考え方です。

スタンダードな機種にはスタンダードなSoCを。ハイエンドな機種にはハイエンドなSoCを。iPhoneもようやく一般的な流れになったように思います。

たった1つ欲を言うならば……もう少しだけ標準モデルの価格が安いと嬉しかったかも知れません。

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製品は、正しい付加価値を与えられてこそ売れる


記事執筆:秋吉 健


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