未来のネットワーク構想「IOWN」について考えてみた!

みなさんは「IOWN」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。恐らく聞いたことがないどころか、どのように発音すべき言葉なのかも分からない人が多数いらっしゃると思います。

IOWNは「アイオン」と読みます。日本電信電話(以下、NTT)が2019年に発表した新たなネットワーク構想を指した言葉であり、IOWNは「Innovative Optical and Wireless Network」の頭文字を取った略称となります。

直訳すれば「革新的な光・無線ネットワーク」となりますが、その名前からはほとんど何も内容を推察することはできません。何が革新的なのか、光や無線のネットワークなら今までも使ってきたじゃないか、というのが素直な感想でしょう。しかしながら、これから先の10年、そしてさらに先へと続く通信の未来を考える時、IOWNはその技術的根幹を成す重要なキーワードとなります。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回は遥か未来、2030年や2040年の世界を見据えたネットワーク構想「IOWN」について解説します。

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通信技術とその世界はまだまだ進化する


■指数対数的に増え続けた通信量
IOWNについて解説する前に、まずは現在のインターネットや通信の状況について語らなければなりません。

携帯電話の普及によって人々は個々のコミュニケーション手段を手にしましたが、実際にインターネットを身近なものとして広く利用するようになったのはスマートフォン(スマホ)の普及からと言って良いでしょう。

つまりそれは2010年頃の話であり、たった10年間で生活様式から仕事のスタイルまで、全てが大変革するパラダイムシフトが起こったのです。

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スマホが私たちのすべてを変えた


その結果として起きたことは、通信量の爆発的増大でした。

通信技術の発展とスマホの性能向上が相乗効果を生み出し、人々はよりリッチでエンターテインメント性に優れたコンテンツへなだれ込むように飛びついたのです。

ここが商機とばかりに通信会社各社も次々に魅力的なリッチコンテンツやオンラインサービスを提供し、SNSの普及とともに人々はインターネット利用に夢中になっていきます。

消費される世界の通信量は、2010年から2020年までの10年間で25倍にもなりました(2ゼタバイトから50ゼタバイトへ。ゼタは10の21乗)。そしてわずか5年後、2025年にはこれが175ゼタバイトにも達すると予測されています。15年間で実に90倍の増大です。

奇しくも世界はコロナ禍によって物理的な移動が制限されることとなり、テレワークやリモートビジネスへの転換が一気に進みました。コロナ禍はインターネットと通信技術への依存度を加速させたのです。

その影響は実際に私たちの生活にも影を落とし始めています。オンラインチャットやストリーミング動画配信の日常化は通信回線の逼迫を生み、通信速度の低下や通信が輻輳を起こして時々途切れる「瞬断」などを頻発するようになりました。

海外ではYouTubeやAmazonプライムビデオなどの動画配信サイトで、通信量の削減を目的にデフォルトの配信画質設定を下げる対策も行われました。通信技術も日々進歩していますが、それ以上に私たちの利用量の増加速度が高く、このままでは通信自体が立ち行かなくなる危険が出てきたのです。

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NTTによるIOWN解説より引用。通信量は指数対数的に増え続けている


■直面する処理限界と電力消費量の増大問題
現在のインターネットとその通信環境は、これらの通信量増大に対して各種機器を増やすことで対応しています。しかしながら、そういった力技だけでは消費電力の増大から通用しなくなる日が必ず訪れます。

現在ですら莫大な電力を必要とするネットワークに対し、さらに数十倍の通信量を担保するだけの機器をいつまで用意し続けられるでしょうか。

この事実は、これまでの電気的信号を主体とした通信ネットワークでは問題を解決できないことを意味しています。もちろん長距離間のデータ伝送には光通信を利用していますが、それを処理する機器、末端端末となるPCやスマホなど、あらゆる部分で解決を図らなければいけない時期が迫っているのです。

そこで考えられたのがIOWNです。IOWNが目指すもの、そしてIOWNの中核技術となるのが「フォトニクス」(光技術)です。通信ケーブルだけではなく、その信号を処理する過程や末端機器でも情報を光のまま処理してしまおうというものです。

具体的には、光処理を行うシリコンフォトニクス技術を用いた光プロセッサ(CPU)の開発や、光プロセッサなどを繋ぐ配線の光配線化などです。

IOWNではフォトニクス技術を利用したネットワーク上での分散コンピューティングやICTリソースの最適化なども目標に掲げ、全てを包括した「オール・フォトニクス・ネットワーク」の実現を目指しています。

これにより、現在よりも電力効率は100倍に、データ伝送容量は125倍に、そしてend to endでの遅延は200分の1になるとしています。すべてが理論値通りになるとは思いませんが、しかしその高い目標があってこそ、現実的な革新も得られるというものでしょう。

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IOWNが目指すものは「ネットワークの再発明」だ


■遠く壮大な目標、そして6G
ノイマン型コンピューターの処理性能の限界を突破する手段として量子コンピューターが発明されたように、エレクトロニクス(電子技術)による処理限界と電力消費量問題を解決するためにフォトニクス(光技術)が求められました。

その発想と研究開発への流れは、人々がインターネットをもう1つの生活の場とし始めた時から必然だったのです。

NTTは2020年11月にNTTドコモを完全子会社化し、さらにNTTコミュニケーションズやNTTコムウェアをNTTドコモの子会社とする構想も示していますが、この流れも単なるモバイル通信業界のシェア争いに向けた競争力強化だけが目的ではありません。さらに壮大な目標であるIOWN構想のために計画されたものなのです。

NTTが持つグループ力、NTTドコモが持つ顧客基盤、NTTコミュニケーションズが持つ国際通信網、そしてNTTコムウェアが持つシステム関連技術。これらを結集することで、コンシューマから法人まで、すべての分野を包括するフォトニクス・ネットワーク(IOWN)を完成させようというものです。

そしてIOWNは、5Gのさらに先の無線通信技術および構想である「6G」へと繋がります。オール・フォトニクスによって実現したネットワークを活かした、超々高速・超々大容量・超々低遅延のモバイル通信の実現は、現実とオンラインネットワークの融合に近い、シームレスでタイムラグのない新しい通信の世界を見せてくれるとくれるものと確信しています。

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NTTグループやNTTドコモが見ているものは「今」ではない。10年先の「未来」だ


30年前、私たちはパソコン通信という手段によって世界中の人々とコミュニケーションが取れることを知りました。20年前、インターネットが普及しモバイルノートパソコンや無線通信モジュールの進歩によってケーブルレスの通信環境を手に入れました。10年前、人々はスマホを手に入れ生活と常識のパラダイムシフトを経験しました。

そして今、フォトニクスという新しい技術がコミュニケーションの世界を大きく広げようとしています。もはやそれは人と人とのコミュニケーションに限らず、人とAI、人と技術、人とコンテンツとのコミュニケーションへと発展しようとしています。

今はまだおとぎ話かSF映画の中の話かもしれませんが、今私たちが手にしているスマホですら、20年前にはSF映画の小道具だったのです。

NTTはインテルやソニーとともにIOWNの推進と研究を目的とした業界団体「IOWN Global Forum」を設立し、企業や業界の枠を超えた協力体制で「通信の壁」を打ち破ろうとしています。



IOWN構想はスタートしたばかりであり、これから具体的なロードマップが構築される段階です。現在のロードマップでは2025年まで仕様の策定や整備に費やされており、各種技術開発を平行しつつ、実現すべき目標への地ならしをしていく計画です。

いつでもどこでも通信が使える時代となって久しい現在ですが、そんな今でさえ、10年後には「不便な時代だったな」と思われているかもしれません。

真の意味で常時ネットワークと繋がり、現実世界に仮想現実や拡張情報を当たり前のように重ね合わせ、人間の知覚を自在に拡張して生きる世界。それがIOWNの創る世界なのかもしれません。

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10年後の自分はどんな世界を見ているだろうか


記事執筆:秋吉 健


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