スマホのペリスコープズームカメラについて考えてみた!

既報通り、ソニーは5月11日に新しいフラッグシップスマートフォン(スマホ)「Xperia 1 IV」を発表しました。日本ではNTTドコモやKDDI・沖縄セルラー電話、ソフトバンクといった移動体通信事業者(MNO)が6月3日の発売を予定しているほか、発売日は未定ながらもオープンマーケット向けにも用意されているとの情報もあります。

本機のカメラ機能の仕様を見て「お?」と興味を惹かれた方は恐らく余程のスマホマニアかデジタルカメラ(デジカメ)ファンではないでしょうか。本機の望遠レンズユニット(カメラユニット)にはペリスコープ方式が採用されているからです。

多くの人が「ペリスコープ?なにそれ?」と頭を傾げるかと思いますが、実はデジカメやスマホとペリスコープ方式のカメラユニットには長い歴史があるのです。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はXperia 1 IVで採用されたペリスコープ方式のカメラユニットの歴史やスマホでの今後の展望について考察します。

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スマホカメラの進化は止まらない


■意外と古いペリスコープ方式カメラユニットの歴史
はじめに用語の解説をしておきましょう。

ペリスコープ方式とは、カメラ業界では主に「屈曲光学式」と呼んでいるものです。一番外側のレンズから入ってきた光を内部のプリズムで90度屈折させ、筐体内部で横に並べられたレンズユニットへ光を送って撮影する方式です。

この「光を90度屈折させて送る」カメラユニットの形状が潜望鏡に似ていることから、英語圏ではペリスコープユニットやペリスコープレンズなどと呼ばれており、日本ではもっと分かりやすく「屈曲光学式」と呼んだのです。

※以下、記述揺れを防ぐためにすべてペリスコープ方式として解説する

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赤い楕円で囲った部分が望遠用のペリスコープカメラユニット


ペリスコープ方式のカメラユニットを採用したデジタルカメラの歴史は意外と古く、2001年のオリンパス製「CAMEDIA C-1」(キャメディア・シーワン)が世界初とされています。そしてペリスコープ方式の中でもズーム機構を採用した世界初のデジカメが、2002年発売のミノルタ製「DiMAGE X」(ディマージュ・エックス)です。

以降、カメラ業界ではペリスコープ方式のカメラユニットを組み込んだコンデジが数多く登場します。その中の1つに、ソニーのサイバーショットシリーズがありました。

ソニーはペリスコープ方式のカメラユニットを採用したサイバーショットシリーズを、2003年から2013年まで10年間作り続けた「ペリスコープ方式の老舗」であり(生産はさらに数年続いた)、その期間にはミノルタのカメラ部門の買収・統合も経て、技術的にもノウハウ的にも大きな進歩を遂げています。

つまり、ソニーにとってペリスコープ方式のカメラユニットは超得意分野であり、同社のスマホへの採用が始まったことは必然と呼べるのです。

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ミノルタ製「DiMAGE X」。2002年当時、3倍ズームを搭載したコンデジとしては世界最小・最軽量だった


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筆者が最後に購入したサイバーショットTシリーズ「DSC-TX55」。11年も前のカメラだが名機の1つだ


■光学ズーム倍率を稼ぎやすいペリスコープ方式
ペリスコープ方式のカメラユニットをスマホに搭載する最大のメリットは、ズーム倍率(望遠倍率)を大きくしやすい点にあります。

一般的なスマホのズーム機能には、デジタルズームと言って撮影した画像を単純に拡大して切り取るという方法か、あるいはレンズユニットを物理的に動かす光学方式の2種類がありますが、デジタル方式の場合画質が劣化するというデメリットがあります。

光学方式の場合画質への影響は最小限に抑えられるものの、物理的にレンズを上下に動かす必要があることから撮像素子とレンズとの間に距離が必要になり、ズーム倍率が上がるほどにカメラユニットの厚みが増えていくことになります。

昨今のスマホはカメラユニット部分が厚く本体の厚みから飛び出しているものが多くありますが、それだけの厚みを持たせなければカメラユニットを収めきれないほどに大型化しているのです。

とくに、シャープ製「AQUOS R6」のように大型の撮像素子を採用した機種ほど光学系は肥大化し、もはや10mm以下の厚みにカメラユニットを収めるには限界が来ています。

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Apple製「iPhone 13 Pro」では光学3倍ズームを搭載したカメラユニットが採用されているが、カメラユニットは従来機種よりさらに大きく本体から突出することとなった


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シャープ製「AQUOS R6」は巨大な撮像素子へ組み合わせるレンズ構成に限界が来ており、光学式手ぶれ補正も光学式ズームもなく周辺部の画質やボケ味も厳しい評価だった


ペリスコープ方式であればレンズ構成やカメラユニットの大型化に対応しやすく、さらに高い倍率のズームにも対応しやすくなります。

実は、これまでにペリスコープ方式のカメラユニットを採用したスマホはいくつか存在しています。2016年発売のASUS製「Zenfone Zoom」では光学3倍ズームが、2019年発売のファーウェイ製「Huawei P30 Pro」では光学5倍ズームが、それぞれペリスコープ方式のカメラユニットで採用されています。

コンデジでもサイバーショットTシリーズなどは光学5倍ズームを実現していただけに、スマホでも光学5倍ズーム程度までは今後主流化する可能性があります。

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ファーウェイ製「Huawei P30 Pro」。同社の技術レベルは非常に高かっただけに国家間の経済戦争の犠牲となったことは非常に残念だ


■デメリットはコストとカメラユニットの大きさ
それでは、スマホに搭載するペリスコープ方式のカメラユニットのデメリットとは何でしょうか。

1つはコストです。当然ながら高倍率のズームユニットはそれだけで高コストであり、さらに光を屈折させるプリズムを最大で2枚必要とするペリスコープ方式は構造的にも低コスト化が難しい技術です(Xperia 1 IVの場合、プリズムを1つだけ使用する構造になっている)

もう1つのデメリットは撮像素子のサイズに限界が生まれることです。以前、当連載コラムにて撮像素子のサイズについて執筆したことがありますが、AQUOS R6やXperia Pro-Iなどに採用されている1インチの撮像素子とは、具体的には13.2mm×8.8mmのCMOSセンサーを指します。

【過去記事】秋吉 健のArcaic Singularity:レンズの向こうの浪漫世界。スマホカメラや撮像素子について仕組みと技術的見地から消費者ニーズを読み解く【コラム】

その寸法から分かることですが、Xperia 1 IVのようにスマホ本体の厚さが8.2mmしかないようなスマホへ、高さ8.8mmもある撮像素子を本体の厚みに対して垂直に配置することは物理的に不可能です。

結果的にプリズムで2度光を屈折させる必要が出てきますが、この機構は必要な精密性が格段に上がり、前述のように低コスト化が難しくなります。

幸い、現在スマホで主流の1/2.3インチや1/2.7インチのような極小サイズの撮像素子であれば、光学手ブレ補正機能を搭載しつつ8mm前後の筐体厚へ垂直に収めることが可能なため、普及価格帯のスマホではこのような小さなサイズの撮像素子とプリズムを1つ使用した機構が採用されることになると考えられます。

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撮像素子だけではなく、レンズもまた厚さ(高さ)7~8mmの中に収める必要が出てくる


さらにカメラユニットが巨大になるため、スマホの筐体内部に大きなスペースを必要とする点もデメリットでしょう。

昨今のメインストリームやハイエンドスマホは本体サイズが大きいため、カメラユニットを収めるスペースにも若干余裕がありますが、iPhone 13 miniのような小さめのサイズのスマホにはそのような余裕がありません。

今後はスマホの大きさや価格帯によって、デジタルズームからオーソドックスな光学2~3倍ズーム、そしてペリスコープ方式の光学3~5倍ズームと棲み分けが進むかも知れません。

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Xperia 1 IVの望遠カメラユニット。これが厚さ約8.2mmの筐体に収まっている


■人々の欲望の向くままに
スマホの基本性能が十分に成熟し、メーカー各社がカメラ機能の強化に傾倒するようになって6~7年にはなるでしょうか。以来各社はソフトウェア上での画質のチューンアップに注力しつつ、ハードウェア的にも画角ごとにカメラユニットを複数搭載したり、光学式ズーム機構の採用や大型撮像素子の搭載など、次々と高画質化への技術を惜しみなく投入してきたのです。

ペリスコープ方式のカメラユニットもまたその技術的模索の中で何度か登場し、現在はサムスン電子のGalaxy Sシリーズなどで採用が続いています(直近では「Galaxy S22 Ultra」など)。

もはや光学3倍ズームは当たり前となり、ユーザーニーズとしても技術的インパクトとしても、光学5倍やさらに高倍率のカメラユニットが求められているのです。

それは技術的にも十分可能なものです。より美しく、より劇的に。SNS全盛の今だからこそスマホのカメラ機能の高性能化が求められています。

人々の欲望が、スマホを進化させるのです。

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カメラ機能が現在のスマホの主戦場だ


記事執筆:秋吉 健


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