NTTドコモの通信品質の低下について考えてみた!

既報通り、NTTドコモは26日、オンラインにて「5Gネットワーク戦略に関する記者説明会」を開催しました。内容はユースケースの拡大についても説明されましたが、質疑応答では一部の混雑エリアにおける通信途絶や通信速度低下といった直近の同社の携帯電話ネットワークにおける通信品質の問題への対応策が中心となりました。

これらの通信品質の問題は首都圏でも超過密地域や通勤通学ラッシュの激しい地域に住んでいる方々以外にはあまりピンと来ないかもしれませんが、平日の通勤ラッシュの時間帯やお昼時など、山手線圏内ではNTTドコモの携帯電話回線がパンク(逼迫)状態になる(通信が極端に滞る)ことが多々あるのです。

この事象についての現在の対応状況や今後の取り組みが説明されたのですが、その内容は非常に根の深い面倒な問題であることを示唆していました。

何故通信回線がパンクしてしまうのでしょうか。また解決への取り組みはどのように行っていく予定なのでしょうか。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回は3つのキーワードを取り上げ、技術的な面からNTTドコモの通信ネットワークの状況改善への道筋を探ります。

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技術の塊である通信の不具合はすべて技術で解決できるはずだ


■「瞬速5G」エリアの拡大を最優先に、トラフィックの混雑緩和をめざす
はじめにキーワードとして考えられるのは「瞬速5Gエリアの拡大」です。今回の説明会でポイントとなっていたのは4G回線での通信途絶や通信速度低下でした。

少々古い話になりますが、NTTドコモでは5Gサービス導入直後から、スマートフォン(スマホ)の画面上ではアンテナピクトが表示されているのに通信ができない、いわゆる「パケ止まり」と呼ばれる現象が続いていました。

そのため、2021年には5Gの電波がエリア外周(端)で弱くなりすぎる前に4G回線へと早めに切り替える施策が取られましたが、今度は2022年秋頃から4G回線側がパンクする(トラフィックが逼迫して通信速度が極端に低下する、あるいは通信ができない)という事態に見舞われていたのです。

このトラフィックの逼迫状態にかつての「パケ止まり」対策がどこまで影響していたのかは定かではありませんが、大容量の動画配信コンテンツや音楽配信サービスの利用など、トラフィックのデータ転送量は年々増大しています。その増加量に4G回線では追いつかなくなっていた可能性は大いにあります。

そこで、NTTドコモは「瞬速5G」として展開している5G専用周波数帯による5Gエリアの拡大をさらに急ぎ、基地局やコア設備単位で利用者を分散させることによって4Gの通信品質の改善を今年の夏までにめざすと説明しました。

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トラフィックの急激な増加に対して行える最大の対策は、より容量の大きな通信方式へ切り替えていくことだ


具体的にはトラフィック逼迫による通信速度低下(状況によっては完全に通信が途絶する)が認められる4G基地局などに瞬速5Gの設備を併設し、5G側へトラフィックを逃がすという対策を行います。

また4G回線でも複数の周波数帯が利用されている中、800MHz帯など一部の周波数帯にトラフィックが集中する場合があり、それが通信速度低下に繋がっていることから、トラフィックに余裕のある他の4G周波数帯に接続を分散させるといった施策も同時に行われます。

これらは一見すると正攻法による通信品質改善策に思えますが、瞬速5Gエリアのほとんどは「5G NSA」と呼ばれる4G用コア設備(EPC)を流用(共用)した方式であり、コア設備から5G専用に構築された5G SA方式は都内でもごく一部の施設や駅などに限られています。

とはいえ、5G NSA方式であっても周波数帯域の広さなどから4Gよりも多くのユーザーを収容できるため、当面は十分な解決策となり得ます。今後は5G NSAに加えて5G SA方式もさらにエリア展開を進め、2024年度以降は「点」(スポット)ではなく「面」(エリア)での5G SA展開ができるよう戦略を立てていくことが言及されました。

5G本来の性能を100%発揮できないと言われている5G NSA方式ですが、まずは「問題なく繋がること」や「当たり前に使えること」を最優先にエリア構築することが重要です。これに加えて「真の5G」とも呼ばれる5G SAのエリア展開も含め、少々時間はかかるものの通信環境の改善には年度単位で臨むとしています。

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「瞬速5G」最大のメリットは大量のデータ転送にも耐えられる広い周波数帯域にある


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通信品質改善への裏技や近道はない。ただひたすらにエリア拡大を進めていくしかない


■5G時代へ切り替える!思い切った戦略転換が必要
そしてさらに5Gエリアの早期拡大を後押しするカギとなるのが、次に挙げるキーワードである「4G用周波数の5G転用」となります。

現在のNTTドコモは総務省より5G用として割り当てられた周波数帯を中心にエリア展開してきましたが、KDDIやソフトバンクなどは4G用として割り当てられた周波数帯も5G用として転用しています。

この場合、周波数帯域が狭いために5Gの特徴として挙げられることが多い「超多接続」や「超高速・大容量」といったメリットが十分に得られなくなる可能性があるため、NTTドコモは「ユーザー目線で考えた場合に5Gの速度が4Gと変わらないのは優良誤認となる恐れがある」、「5G用として割り当てられた周波数だけでも十分対応できる」としてこれまで導入に慎重な姿勢を見せていました。

しかしながら、結果から言えば、それでは「対応しきれなかった」というところでしょう。

現在販売されているスマホの大半は5Gに対応しており、4Gのみのスマホは買い替えが進んでかなり少なくなっています。3年前や2年前であれば「まだ4Gユーザーが多く、4G用周波数の5G転用は4G回線を圧迫することになる」と言えたかもしれませんが、端末の世代交代が進んだ今、敢えて4G優先のネットワーク構築に拘る必要はなくなったと言えます。

これらのことからNTTドコモも戦略転換し、今回の説明会では4G用周波数帯の5G転用を進めていく考えを示しました。これにより、5Gのエリアが一気に広がり、5Gのエリアが面展開されるため、エリアが重なり合って先のパケ止まりも解消されることが期待されます。

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4G周波数の5G転用によって、5Gエリアも2024年3月末までに人口カバー率90%以上を目指すとしている


■5Gサービスの展開と普及に欠かせないネットワークスライシング技術
最後に重要になるキーワードは「ネットワークスライシング」です。

前述の瞬速5Gの場合、物理的にコア設備を切り分けユーザーが接続する通信経路を分散させるという手法でしたが、ネットワークスライシングとは、1つの物理設備(サーバーなど)の中で、仮想的に複数の設備であるかのように動作させることで負荷を分散させるという手法です。

これは5Gサービスがスタートする以前から各社が導入を検討してきたものでしたが、実態として導入が進んでいないのが実情です。

そもそもネットワークスライシングは、

・超大容量の高速通信を必要とする映画配信サービス
・データは小さいが高速性が求められる遠隔操作技術
・IoT機器からの大量のデータ送信を同時に処理する超多接続環境

このような5Gが得意としていながらも同時には実現するのが難しい条件をそれぞれに切り分け、仮想的に別々の設備で制御しているように見せるというものですが、そういった多種多様なサービスをモバイル環境化でほとんど提供できていないというのが背景にあります。

これまで5Gを有効活用したサービスがほとんどなかった(サービスを提案できていなかった)ためにネットワークスライシング技術も開発と導入が遅れていたのですが、いよいよ5Gを活用したB2Bソリューションなども運用され始め、本格的に導入を勧めていかなければいけない段階に来ています。

そもそも5Gという技術は、コンシューマ用途よりもB2BやB2B2Cといったビジネス寄りでのソリューション活用が最も期待されていた技術です。

分かりやすく言えば、一般の人々が4Gから5Gに変わってもあまり変化を感じなかった一方で、ビジネスや医療の現場では5Gの高速通信性や低遅延性によって、劇的に変化した仕事や新たに可能になった仕事があるのです。

トラフィックの逼迫による通信不具合は個人にとっても困った問題ですが、ビジネスの世界では「困った」では済まされません。例えば電子マネー決済が出来ないというユーザーの声は、裏を返せば企業にとって莫大な機会損失と信用失墜に直結します。

ネットワークスライシングの速やかな導入は、結果としてビジネスソリューションとコンシューマの回線利用を上手く切り分けることになり、通信が安定するだけではなく新たなサービスの創出や普及にも繋がることが期待されます。

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5Gを本当に必要としているのは個人ではなく企業や公共機関だと言っても過言ではない


■できることはたくさんある。FOMAの二の舞いになるな
他にもソフトバンクなどが4G時代より導入を進めている多接続対応アンテナ「Massive MIMO」の導入など、トラフィックの混雑緩和やスムーズな接続性に繋がる技術はいくつもあり、今回の説明会でもその導入について記者から質問される場面が多々ありました。

またNTTドコモはトラフィックの混雑予想を行いながらエリア設計を行ったりキャリアーアグリゲーション(CA)のパラメーターチューニングを行うなどの対策も順次行っているようですが、これらは正直「付け焼き刃」的な対応だと言わざるを得ず、事実としてそれらの対策が十分ではなかった点を謝罪しています。

NTTドコモが進めようとしている対策のキーワードだけ抜粋してもこれだけあるということは、それだけ現在の通信ネットワークが脆弱であるという現れでもあります。

瞬速5Gエリアの拡大や4G用周波数の5G転用を急ぎ、ネットワークスライシングなどの新技術の導入を早期に行っていくことでしか、抜本的な解決には至りません。

前回のコラムでも書いたように電波とは「有限資源」です。限りある資源をどこにどれだけ使用するのか、そしてどのように活用するのかを正しく判断しなければ、今回のような問題へと発展してしまうのが現代の高度通信社会の裏の姿なのです。

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そもそもまともに通信ができなければ高速大容量も超多接続も関係ない


NTTドコモは2023年度の取り組みとして5G SAエリアの拡大を急ぎ、2024年度にはネットワークスライシングの実現を目指すとしていますが、正直後手後手の感は拭えません。

かつてNTTドコモは3Gサービス「FOMA」のスタートダッシュ時、エリア展開や対応端末の準備でつまづき、他社に大きな遅れを取ったことがあります。

5Gサービスがスタートする前、NTTドコモへの取材の際に「当時のような失敗はしない」と関係者が語気も強めに意気込んでいたのをよく覚えていますが、現状を見る限りは「都心に限った話かもしれないが、FOMAの二の舞いになっていないか?」と眉をひそめたくなってしまうのです。

高い志と理想を掲げることは大切ですが、「当たり前に使える」という大前提が揺らぐのであれば目標を低く抑えたほうが余程賢明です。ましてや世の中のありとあらゆるサービスが通信によって成り立つ時代です。3Gサービスを開始した2001年とは社会構造そのものが違います。

FOMAはその後遅れを取り戻し、日本を高度通信社会へと導くための基盤として十分な活躍を見せてくれました。5Gもまた早期に問題を解消し、人々が不満なく利用できるようになり、次なる時代の基盤として活躍してくれることを心から願っています。

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5Gは次なる「6G」時代の基盤となるべき技術でもある。着実且つ早期の安定化を望みたい


記事執筆:秋吉 健


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