キャリアショップのサポートサービスについて考えてみた!

既報通り、NTTドコモは19日、同社が提供するサービス以外の一部アプリについて初期設定やデータの移行をサポートするサービス「アプリ設定サポート」を全国のドコモショップ(一部店舗は対象外)にて2020年12月1日(火)より順次提供を開始すると発表しました。サポート料金は1アプリあたり1,650円(税込)です。

NTTドコモはこれまでにも「初期設定サポート」としてdアカウントやドコモ公式アプリの設定、Apple IDの設定、Googleアカウントの設定など、スマホなどを利用する上で基本となるサービスについてはサポート(ドコモショップで購入した場合には無料、それ以外では有料)を行ってきました。

今回の施策はさらに対象を広げ、LINEやTwitterといったSNSから、モバイルSuicaのような決済サービス、そしてLINE:ディズニー ツムツム(以下、ディズニー ツムツム)やPokémon GO(以下、ポケモンGO)といった人気ゲームの設定引き継ぎまでサポートするものです。詳細は後述しますが、ネット上では今回の有料サポートについて賛否両論が飛び交っています。

そもそもこのサポート施策が提供されるに至った背景とは一体何でしょうか。また「あるべきサポートサービスの姿」とはどのようなものなのでしょうか。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はNTTドコモによる「アプリ設定サポート」を中心に、キャリアショップにおけるサポートの価値とあるべき姿について考察します。

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キャリアショップはどこまでをサポートすべきなのか


■サポート対象アプリはこうして選ばれた
はじめに今回のアプリ設定サポートの対象となるアプリは以下の8種となります。

・LINE
・Twitter
・Instagram
・Facebook
・メルカリ
・モバイルSuica
・ディズニー ツムツム
・ポケモンGO

一般的に利用率が高いとされるSNSアプリや決済サービス、そしてゲームなどが挙げられており、無難なチョイスといったところです。

例えば、ゲームのディズニー ツムツムとポケモンGOは「いまさらその2つなの?」というイメージを持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、MMD研究所が2020年11月に公開した「スマートフォンゲームアプリの利用と交流に関する実態調査」によれば、「スマートフォンゲームアプリで1年以内にハマったアプリ」の全体および女性での1位がディズニー ツムツム、2位がポケモンGOとなっており、これらのゲームの息が非常に長く、しかも新規プレイヤーの勢いも衰えていないことが分かります。

特にこういったアプリデータの引き継ぎや設定などを苦手とする層がシニア層や女性層に多いことも十分に想定されるため、そういった層に人気のアプリやサービスに重点を置いているとも言えます。

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今回の施策はこういった調査データをフルに活用した上での取り組みだろう


シニア層がデータ移行や引き継ぎ設定を苦手としているのは、以下の調査データからも分かります。

イオンリテールが2019年12月に実施した「2019年11月 シニアのスマートフォン利用に関する調査」によれば、「スマートフォンを所有していて便利だと感じること」の第2位として「LINEなどのコミュニケーションツールで気軽に連絡が取れること」を挙げた人は65.1%もいました。

その一方で「スマートフォンを利用していて難しいと感じること」の第2位に「パスワードがアプリごとに様々で管理が大変」(32.4%)、第3位に「アカウント設定」(22.1%)となっており、合計で54.5%もの人がパスワード管理や設定に不安を感じていることが分かります。

キャリアショップとしては安心して機種変更を行ってもらってこそ商売が成立するため、より広い消費者層に商品を売るためにも、今回のようなサポートサービスの設定は不可避であったと考えられます。

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「分からない、難しいと感じることはない」と答えた人々も相当数いるが、それでも全体の1/4程度だ


NTTドコモに限らず、これまでこういった個人情報に第三者が触れることは極力避けるのが基本とされ、キャリアショップでも機種変更時にある程度の手ほどきはするものの、原則としてユーザー本人に設定してもらうことを前提としていました。

しかし、機種変更に伴うデータ消失やパスワード忘れなどが相次ぎ、本来自己責任で行うべき範疇についてのクレームが絶えなかったことなどから、信用を第一とした上で基本的なアカウント情報などは引き継ぎのサポートを行おうという方針で始まったのが、NTTドコモの場合は「初期設定サポート」でした。

アプリ設定サポートも突然の導入というわけではなく、これまでに全国約250店舗にてトライアルを実施した上での本格導入であり、アプリの選定なども利用者の評価を基に、十分な検討が行われたものと思われます。

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私たちが生活インフラとして毎日使うものだからこそ、引き継ぎを失敗したときのダメージは大きい


■「サービス」とは何か
このアプリ設定サポートに対するネット上の声はさまざまです。「ありがたい」、「人件費を考えれば安い」という声も聞かれる一方で、「情弱から金を巻き上げるビジネス」、「こんな事さえ自分でできない人にスマホを持たせるのは危険」といった、非常に辛辣な意見も散見されます。

本施策に対する人々の意見には、いずれにも趣旨を理解できる部分があるだけに難しい問題ですが、筆者個人としては「すべてを自己責任のままユーザーに丸投げした場合に起こるトラブルや事件・事故を考慮すると、責任が発生する有料サポートを選択できる環境を設けることは妥当である」と考えるところです。

例えば、ユーザーの視点で言えば、このサポートを必要としない人は選択しなければ良いだけの話であり、必要を感じる人々が誰かに手伝ってもらえる環境こそ用意しておかなければいけないものです。

また企業(店舗)視点で言えば、サービスを正しく用意・設定しておかないと、あれもして欲しい、これもして欲しいとユーザーからの要望に際限がなくなり、それらの「本来収益に繋がらない対応」によって営業機会を逸してしまったり、本来行うべき別のサポート業務に支障が出かねません。

さらに言えば、そういった無茶な要求に対応しないだけで、「対応がひどい」とクレームを付けられたり悪評を流される危険もあります。

店舗が行えるサポート範囲を正しく規定し、なおかつ、1アプリあたり1,650円(税込)という人材コストとして高すぎない金額を設定することは、ユーザーにとっても店舗にとっても十分にメリットのあるものだと考えます。

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スマホとは、販売して終わりという商品ではない


また今回のサポートサービスが「有料である」という点がとても重要です。

サービス、という言葉を使うと無料や無償といったイメージを持つ方もいるかと思いますが、基本的に無料・無償のサービスには責任が付随しません。なぜなら、利用者は「対価」を払っていないからです。

商業サービスの基本は、「金銭を貰う代わりに対価を与える」ことです。例えばドコモショップでは初期設定サポートを無料で行っていますが、これは厳密には無料ではありません。NTTドコモで回線契約を行い、端末を購入してくれたユーザーに対するサービスであり、その対価は端末代金や通信契約(通信料金)によって支払われているのです。

それならアプリ設定も無料でいいじゃないか、と考える人もいるでしょう。しかし、それは先にも示した通り、無料サービスとして行えるコストの範疇を超えるものだからこそ、さらに追加の対価を頂いた上で行う施策なのです。

ましてや、アプリ設定サポートではデータ消失や引き継ぎ失敗のリスクも追うことになる重要なサポートサービスです。リスクに見合うだけの責任あるサポートを行うには、それなりの対価を頂く必要があります。

有料だからこそ行えるサービスやサポート内容がある、という点は、ユーザーとしてどのような商業サービスを利用する際にも忘れてはいけないことでしょう。

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ショップでのサポートサービスには無料のものと有料のものがある。その線引は責任やコストに対する対価で決まる


■健全な経営のための健全なサービス
他にもNTTドコモがアプリ設定サポートのサービス提供を開始する背景には通信料金値下げへの布石という見方もあります。

ここまで説明してきたように、キャリアショップでのサービスは原則として無料なのではなく端末代金や通信料金を原資としていると考えて問題ありませんが、昨今の総務省による通信料金値下げ要求とそれに伴う料金プラン改定、その影響による収益力の低下、それらが引き起こしたNTTによる完全子会社化と、現在のNTTドコモの苦しい立ち位置は、すべて通信料金値下げに端を発しています。

しかし、総務省はまだ値下げが足りないと強い圧力を掛け続けており、NTTドコモとしても思い切った料金プランのさらなる提示や抜本的な収益構造の改革が急務となっています。

サポートサービスの有料化は、そういった「端末代金や通信料金などを原資としたサービス」をどこまで行うのかを明確に区分けし、従来からのサービス品質をできる限り落とさず、しかし徹底的にコストカットするためには避けられない施策だったのです。

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どこで儲け、どこにコストを掛け、どこを削るのか。業績が浮上しない現在のNTTドコモにとって苦しい判断が続く


総務省からの値下げ圧力や端末割引規制に加え、コロナ禍という未曾有の天災にまで見舞われた2020年のキャリアショップの現状は惨憺たるものです。そのような中でも必死に利益を確保しつつ、サービス品質の維持をしているという点においては、本当に頭の下がる思いです。

前述のように、高い通信料金を払っているのだからサポートくらい無料でやれ、情弱ビジネスでぼったくるな、という厳しい声にも理解できる部分はありますが、その結果サポート拠点としてのキャリアショップが維持できずに閉鎖や縮小を余儀なくされた場合、一番困るのは「サポートを必要としていたユーザー」です。

財務状況および営業形態の健全化という観点からも、端末代金、通信料金、そしてサポート料金などを、完全ではないにしてもある程度分離して、それぞれに相応・妥当と思われる対価を求めていく体制へと変えていく必要があるのではないでしょうか。

そしてまた、サポートサービスを受ける私たちユーザー側も、通信キャリアやキャリアショップが提供するサービスというものの対価や価値について、今一度真剣に見つめ直す良い機会であると考えます。

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ユーザーと企業の健全な関係が問われている




記事執筆:秋吉 健


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